うさぼうの人生ダッシュボード化計画

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戦後70年の終戦記念日に今一度昭和史について考えてみた SBRWC振り返り

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photo by akrabat

8月8日(土)のソーシャルブックリーディング(Social Book Reading with Chikirin)では、全体的な感想を述べた上で、時系列に分けて意見が交換されたようです。

 

残念ながらリアルタイムに参加できなかったので、ツイートを流し読みして記事をお気に入りに追加しておき、本日ハッシュタグ(#sbrwc)のタイムラインを追いかけて読みました。

 

 

時系列で分けながらも、なんでそんなことになったのか、何とかならなかったのか、次に何が活かせるのかを考えるための問いが用意されていました。

 

もちろんタイムラインも見た上なのである意味答え見ちゃった上で、回答してみます。

1) 満州事変まで。昭和ではないけど、明治の終わりくらいから、日本はすごく領土拡張志向の強い国になってる。日清、日露, 韓国併合満州国建国と次々。これって、なんで?

明治維新以降の攘夷思想の鬱憤から、日清・日露での勝利が自身にもなり、調子にも乗った。一方、自国が植民地にならないために強くある必要もあったのかも。欧米もやってたし。

2) 韓国とか満州とかあたりはまだアジアへの領土拡大だからわからなくもないけど、その後、アメリカと戦争するって判断は、(当時だって)あまりに無茶苦茶な判断だったと思うんだよね。なんでこんなアホな決断が止められなかったのかな?

ハル・ノート」の要求をのむわけにはいかず、しかけるしかなかった(のかな)。

3) パールハーバーの奇襲は成功し、その後もいくつか勝ってるけど、1年後くらいからは、負け始めるでしょ。負け始めても、まったく「早めにやめよう」とはならず、どんどん「玉砕だ!」「本土決戦だ!」となってしまったのはなぜ? 軍部だけじゃなくメディアまで。

ドイツが快進撃してたことや日清・日露で大国に勝てたことなどから楽観したのか。あとは国費の大半を軍事費にしてメディアも煽り書き立てたから。そしてこの時点から止めることは(それを口に出すことすら)本当に難しそう。国家総動員

4) 1945年に入ってから、敗戦の判断をあと数ヶ月でも早くする方法はなかったのかというのはどう思いますか? 沖縄に上陸される前に、原爆の前に、止められていたら、と(今からなら)思えるのですが。

止めることはお上である天皇が処刑されることであり、負けそうと思ってもそういう動きにならなかったのだろう。軍部も政治もそういう動きにならず、メディアは統制されている。原爆なんて話は知らなかっただろうし、攻め込まれるまでロシアに望みを託していたし。

 

終わりに

終戦記念日の延々と続く報道には本当に心が痛みます。一方で、語り部が高齢化することや語り継ぐことの必要性を言われたところで、実感もわかず理解も深まらないのも事実。今回のブックリーディングがあってこそ、本日の内閣総理大臣談話(安倍談話)を読んでもいろいろ感じることができた気がします。

 

歴史本ひとつまともに読みこなせない読弱者でしたが、ソーシャルブックリーディング、個人的に非常に実りの多いイベントでした。また来年もあるかな。

 

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